Strategic Airlines (Air Australia)

Flight Attendant
Flight Attendant

私はかつて、Strategic Airlines (のちの Air Australia) というチャーター会社で、キャビンマネージャーを務めていました。当時、Strategic Airlines の主要なクライアントは、オーストラリア国防省でした。アフガニスタンへの派兵の為に、豪州軍の基地があるダーウィンから中東まで、豪州兵を運ぶチャーター便を主に運航していました。戦地へ向かう豪州兵達の表情は、真剣そのもの。任期を終えた兵士を乗せて、オーストラリアへ帰って来るフライトには、負傷した兵士ばかりでなく、貨物室に死亡した兵士が眠る棺桶を搭載する場合もありました。テロとの戦いに挑み、負傷して帰国する豪州兵を乗せていると、日本人として、何だかとても心苦しい思いを抱いたものです。勿論、戦争はないに越したことはありませんし、政治的な問題において個人はあまりにも無力です。しかし、こうして命懸けでテロに立ち向かい、血を流して帰国するオーストラリア兵を目の当たりにすると、憲法に守られた日本の私は、何だかとても後ろめたいような、申し訳ないような、そんな気持ちを抱いたものです。空港ターミナルに到着し、最愛の家族や子供達と涙の再会を果たしている兵士達の姿を見ると、私まで目頭が熱くなりました。

やがて、オーストラリア国防省とのチャーター契約期限が切れ、主要なクライアントを失った Strategic Airlines の経営は、たちまち悪化の一途を辿りました。チャーター会社として生き残りをかけるよりも、民間の航空会社として定期運航便を飛ばして再生を図ろうと、社名も Air Australia と変更し、オーストラリアからホノルル、バリ、プーケットなどへ就航しました。しかし、それもうまくいかず、9年前の今日、とうとうこの会社は倒産しました。

 

いつもの様に、フライトに出かける支度をして、車に乗り込もうとした矢先、会社のオペレーションから電話がありました。「ミホ、たった今私達の会社は経営破綻したので、もう仕事には来なくていいよ。」「……。」私は耳を疑いました。急いでテレビをつけると、空港のチェックインカウンターの前で憤慨する Air Australia の乗客達の姿が映し出されていました。Facebook の Messenger のグループチャットでは、ホノルルやバリに取り残された同僚達が、どうやってオーストラリアへ帰ればいいのかと大騒ぎしています。

当時の私は離婚したばかりで、家のローンも抱え、一体この先どうすれば良いのか、頭の中が真っ白になりました。それまで当たり前のように通っていた仕事が、ある日突然、無くなってしまう。それまで当然のように毎月振り込まれていたお給料が、突然、振り込まれなくなる。これは私にとって、非常に恐ろしい体験でした。幸いな事に、私は近所のカフェに職を得て、別の航空会社に就職するまでの間、雇って頂きました。私を雇って下さったカフェのオーナ―夫妻には、感謝しかありません。Strategic Airlines の同僚達も、私と同じ様に、一時的にパブやカフェ、ブティック、受付の仕事などに就いて当座をしのぎ、それぞれ別々の航空会社や全く別の職種へと就職していきました。

あれから9年、再びパンデミックが航空業界を襲います。せっかく取り戻したエアラインの仕事も、州境や国境の封鎖で飛行機は飛ばず、私のかつての仲間達は、再び厳しい現実に直面しています。9年前はまだ、一時的にカフェなどで働く事も可能でしたが、今回はホスピタリティ―業界全体が苦境に立たされている為、アルバイトすら見つかりません。豪州政府から支給される補助金も3月まで。長期化が予想されるパンデミックに、方向転換を余儀なくされる仲間達も大勢います。スーパーマーケットで働く者、あるいはその宅配トラックの運転手、カフェやお花屋さんなど、小さなビジネスを始める者、皆一生懸命、生きる為に頑張っています。いつか再び空を飛べる日を夢見て。

私は奇跡的に、コロナ禍の影響を受けないチャーター会社で働いている為、9年前の様な悪夢を経験せずに済みました。しかし、同じ航空業界で厳しい状況に立たされている仲間達を思うと、胸の締め付けられる思いです。そして何時また自分にもこうした状況が再来するか。航空業界だけでなく、こんな世の中では、どんな仕事に就いていても、来月、半年後、1年後、一体将来どうなるのか、全く予想がつきません。

しかし、遠い将来を心配しても、不安が募るばかりです。今はその日一日、一日を精一杯生き、平和に過ごせた事に感謝し、何よりも人と人との絆を大事にしていきたいですね。

早くこのパンデミックが落ち着いて、航空業界の方々や、航空業界での就職を希望される方々が、再び大空で活躍出来る日が来ます様に!